SSブログ

 記事の中でリンク掲載しております≪共有動画≫が、[がく~(落胆した顔)]表示されないケース[もうやだ~(悲しい顔)]が多発しています。 詳細は12/05の記事にて報告させて頂いています。
komainu.gif『Twitterお気に入り』は、トップ画面(ブログトップ)のみの表示です。

がんは治るのか?(闘病日記の傍らで、) [日常]

 2015年6月20日、突然 連れが入院しまして...、
 病名は『胆道閉鎖症』による『肝胆膵道炎』でした。

 3月来、上腹部が「なんか、痛い!」と訴えておりましたが、
 遂には、黄疸が..、そして、目、肌が土気色に、
 その前に、「オシッコが黒いヮ」とか「ウンチが白いヮ」とか言っておりました。

 炎症を改善する為に鼻から管を出して、その内側の先は十二指腸から胆道入口を経て、胆嚢の辺りまで入れたようです。
 ジュワジュワ出て来る胆汁は、それはそれは黒く...
 わが連れ合いは、「ドロドロで、すぐ詰るねん...」とか、愚痴っておりました。

 もちろん、一週間から十日間ほどは、全くの絶食。体重は見る見る減るし、
「これは、普通の状態では無いな!!」と、

 それから、・・・ 

 何とか(?)、一命は取り止め、二週間で退院出来たものの..、退院時に告げられた原因病名と言うのが、『膵胆管悪性腫瘍』でした。

「“悪性”・・って、がん!?やん!!!」

「今のところ、転移は・・グレーです。」と言われました。

 わたしも連れも、「これは、治すしか無い!」と決心しました。

 その後、数週間が『緩和ケア』で“痛み”を取る事のみに徹しました。
 そして手術を待ち、
 7月27日術前入院。28日手術。

 手術の結果は・・・、
 腹腔鏡検査で「肝臓転移と腹膜転移による、手術不可。続行出来ない。」と言うものでした。

 この時、生まれて初めて、ショックによる“失神”というものを、わたしは経験しました。
 手術室に入って3時間(当初の予定は、10時間)で、
告げられた結果に僅か数分間ではありますが、(普段は、高血圧症で高めの降圧剤常用のわたしが)極度の血圧低下による一時的記憶喪失...失神したのです。

 その後は、転移癌と原腫瘍に対する『抗がん剤治療』をしました。

 一度5時間ほどかかる抗がん剤を入れた後、一週間後に告げられたものは、『がん』と向かい合う罹患者とその家族にとって、それは『驚愕』の診断でした。

「奥さんの転移腫瘍は..、特に“肝臓”の物は、その後の生検の結果“白”でした。腹膜転移は米粒より小さいものなので、限り無く“白”に近い“グレー”でした。」

・・というものでした。
 そして、抗がん剤も緩いものに代わり、今投与している物は所要時間1時間半弱ほどで終わる薬です。

 それを毎週1回投与し、3回打った後14日間休む...というプログラムです。

 前後しますが...、最初の薬が強烈で、好中球・白血球減少で、炎症が再発し再再入院。バイパスチューブを太い物に代えての『化学療法(変更)』でした。

 昨日、2回目のプログラムを開始(薬剤を変えてから4回目の投薬)し、一週間前に撮影したCT映像を精査した結果も聞きましたら...、

「30ミリ(超)ほど有った腫瘍が、20ミリ弱に・・、1センチほど小さくなってますネ!」と言われました。

 わたしと連れは、心の中で「わーお!やった!!」と叫びました。

・・が、これも『一時的』なものかもしれません。
 まだまだ『不可解な物』、それが『がん』というもの...らしいです。

 わたしの『連れ(合い)』は、女優でも無ければ元女子プロレスラー・タレントでも無いので...、唯々「後世に治癒の手掛かりを残したい!」と願う、普通(?)の一日本人女性です。

 彼女が文字通り『一生懸命』な限り、(4人の子どもを含む)わたしら家族も、それなりに『一生懸命』に...、治るものと信じて、前に進むしかない、今日この頃なのです。


nice!(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。